夢追い人応援プロジェクト 参加者インタビュー

シンガーソングライター 本間 利也
名前
本間 利也
年齢
28歳
出身地
長野
現在のお仕事
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シンガーソングライター

現在どのような活動をされていますか?

月に1,2回ライブハウスで弾き語りを一人でやっています。2年前の夏頃に、「ダイヤモンドダスト」という曲が入ったCDを出しました。この曲は、ぐるなびウェディングのウェブCMに使われたりしたんですよ。

YOUTUBEを聴いたぐるなびの人から突然メールを貰ったんです。ウェブCMに使いたいって。

SNSとかメディア関係のものって、今はみんな使ってると思うんですけど、実は僕苦手で。面倒くさがりなんだと思います。こまめにやるのがダメなんです。絶対に何かにつながるからやれって周囲に言われて、教えてもらってやってたおかげでウェブCMに使ってもらうことができたんですよね。今は突然もらったお誘いや、SNSを通じてのつながりも、ないがしろにしないように気を付けてます。

あとは、静岡県の東名高速道路富士川サービスエリアの中に、“富士川楽座”というお土産屋さんなどが入った複合施設があるんですが、その屋上にプラネタリウムがあるんです。そのプラネタリウムで流れる曲を公募していたので、応募したら採用されました。ナレーションが「情熱大陸」の窪田等さんとかで、びっくりするようなコラボレーションになりました。

そうやって色々なお話をいただく中で、メジャーデビューしてテレビに出るのはすごいことだけど、CMに曲が使われたりとかすることってすごく嬉しいことだなと思うようになりました。ぐるなびのCMのテロップにダイヤモンドダストって出てきたのを見た時は、めちゃくちゃ嬉しかったんです。

そうやって自分が人前に出なくても、色々な場所で自分の曲が流れるようになればいいなあと思っています。僕の楽曲をいろんなところで使ってもらいたいです。

――上京して音楽を始めるまでのエピソードを教えて下さい。

僕は出身が長野なんですけど、最初は福祉の仕事をしたくて専門の大学に入るために上京したんです。元々、子どもが好きなんです。

音楽は大学1年の終わりくらいからはじめました。たまたま入学式の時に、隣に座ってたやつと仲良くなって、カラオケに一緒に行った時に僕の歌を気に入ったみたいで。「一緒にバンド組まないか?」って誘われて始めました。

今思えば、その友達がいなければ音楽はやっていなかったと思います。(笑)

そいつ自体は、ずっとギターをやってて、本気でやってるメンバーを集めてバンドを組んで。今とは全然違うロックバンドですね。そのバンドでは、誘ってくれた友達が曲も詩も書いてました。

そのバンドで月3,4回ライブをして、ライブハウス主催の大会などにも出て、秋葉原のライブハウスの大会で優勝した時には賞品として1000枚のCDを制作してもらいました。

ある時、「ボーカルはバンドの顔なのに、渡された曲をそのまま歌ってるだけで、お前には意思とか向上心はないのか」というようなことを言われたんですよ。その時のメンバーは、本気でプロ目指してやってたけど、僕はプロになろうという気がなくて、バンドのボーカルってモテるかなぐらいの気持ちで始めちゃったので。

色々言われたことで、僕も色々と気づいたことがあって、頑張ってみたんですけど、溝はどんどん深くなってしまって。大学4年生の就職するかどうかという頃に、その温度差のせいでバンドは解散してしまいました。

今思えば、練習量も違ったし、僕以外はみんなそれぞれ技術も持っていたんですよ。「こいつなら、自分らが後ろに下がって演奏してもいい」と思えるほどの気持ちがある人でないと、一緒にやれなかったのだと思います。

僕は、ギターが弾けたわけでも、勉強してたわけでもなくて。解散後は福祉の資格もあるし、就職しようかどうしようか迷いました。その頃は、児童養護施設で泊まり込みでアルバイトしたりもしてましたしね。

でも、こうやって音楽の道が絶たれるのはとても悔しかったんです。1人でやってみようかなって思って、そこから今のスタイルではじめました。

――1人で音楽活動をすることは大変ですか?

1人でやると決めたのはよかったんですけど、同時に自分には何もないことを知りました。ギターもないし、自分の曲もないし。バンド時代も、軽くギターに触ってはいたんですが、簡単にコードを弾いたりする程度でした。卒業して半年ぐらい、どこから始めたらよいのか悩んだ時期があって。まずは、オーディションを受けてみました。音楽の道で生きていくためには、何からやったらいいのか教えてもらおうと思ったんです。

何社か受けて、今所属しているところに拾って貰って。社長と話をしていて、バンドを解散して一人でやりはじめたんで、いつかまたバンドを組みたいと言ったんですよ。そしたら、「お前は弾き語りのスタイルでないとダメだ」と言われまして。「ライブの日取りを決めたから、そこまでに曲を作ってギターを練習して、弾き語りをしろ」って言うんで、その翌日に慌ててアコギを買いに行きました。その社長の一言がなかったら、弾き語りはやってなかったですね。

正直、その時はなぜ弾き語りなのか全然分からなかったんです。でも、自分は何もできないわけだし、とにかく言われるままにやってみようと思って。

それから曲作りを始めたんですけど、いざ作ってみたらロックとは程遠い曲しか自分の中から出てこなくて。そういうのを社長は見抜いてたのかなと思いました。

僕の曲は小中高過ごした地元の風景を歌ったりすることが多いです。1stシングル『ダイヤモンドダスト』は地元の風景を描いた曲です。

――現在の目標を教えて下さい。

僕の中では、大学時代のバンドのメンバーってすごいやつらだったなって思うところがあって。実現はたぶんないですが、「もう一回、バンド組もう」って自分から胸を張って言えるようになることを目標にしてます。大学時代のバンドのメンバーは、自分が成長し続けていくための刺激を未だにくれるんです。

個人的には、そろそろ新しい作品をつくろうとしてるんですが、それをひっさげてツアーをやるとかじゃなくて、その楽曲を何かに使って貰えないかって営業してみようと思っています。なので、直近の目標はまずはいい作品をつくることですね。気づけば口ずさんでいるような、そんな耳に残る曲を作っていきたいです。生命保険のCMで流れている曲とかは、自分の作る曲の曲調とも合うんじゃないかと思うので、密かに狙っています。(笑)

現在はどんなアルバイトをしていますか?

週4,5日はお酒の配達のアルバイトをしています。もう9年ぐらい続けています。他には、幼稚園で体操を教える仕事を週1日やっています。

配達の仕事は意外に一人になれる時間も多く、配達中の車の中はプライベートな空間なので、歌詞や曲が思い浮かぶことも多いんです。もちろんちゃんと仕事はしていますよ。(笑)幼稚園で体操を教える仕事は、もともと子どもが好きなので、子どもたちと一緒に体を動かしたりすることで、とても気分のリフレッシュになります。

アルバイトはただ生活の為だけにがんばるのでは疲れてしまうので、それ自体を楽しんでやるように心掛けています。物の見方を変えたり、考え方をちょっと変えるだけで、夢を実現するためにプラスになることがたくさんあるように思います。

これから同じ夢を目指す人達向けてのメッセージ

大学で就職するかどうかで悩んでた当時は、周りの目も気になりました。そこで悩む人はめちゃくちゃ多いと思うんですよ。新卒って、ブランドがあるじゃないですか。それを捨てられるかどうか。

社会の目を気にして悩むこともあると思うけど、人生は1回しかないし、自分のやりたいことをやったらいいと思います。

おじいちゃんになってからじゃ体も動かなくなるだろうし、やれるときにやるべきじゃないかな。

後悔は先に立たないので、強い信念があるのであれば、思い切って踏み出してほしいと思います。とにかくその時の自分の気持ちに素直に従って、自分の責任の取れる範囲で思いっきりやってみてほしいです!