夢追い人応援プロジェクト 参加者インタビュー

ミュージシャン 原 満
名前
原 満
年齢
--
出身地
福岡県
現在のお仕事
IT関連
ミュージシャン

――原さんがどのように音楽に興味を持ち、現在に至ったかを教えていただけますか?

私達が生まれた年はThe Rolling Stonesが「(I Can't Get No) Satisfaction」をTHE WHOが「My Generation」を発表した年で、音楽シーンが大きく変わってゆく中で育ちました。私達は後に「新人類」と呼ばれる世代です。

また私が生まれ育った福岡という地は当時音楽シーンの中心におり、数々の有名アーティストが活躍をしていた街でしたので、物心ついた頃には自然と音楽に興味を持ってました。

高校の頃からバンドを組んで活動していましたが、本格的に現在の「跣HADASHI」のメンバーと活動を始めたのは1986年に福岡大学フォークソング愛好会がきっかけです。

博多という街は、若手のミュージシャンにとって素晴らしい環境であったと思います。様々な音楽的な刺激がありましたし、何より若手を育てるということに対して意識のある諸先輩に恵まれていました。

前述の福岡大学フォークソング愛好会にも当時の博多の音楽シーンを支えた大物の諸先輩方が参加してらっしゃいます。今でも機会があれば同好会のイベントに参加させていただきますが、今でも頭があがりませんね。(笑)

未熟ながら大きなイベントやラジオ等にも出演させていただきました。その後就職を機にメンバーはバラバラになりますが、それぞれが別々に活動を続けていました。

2010年にメンバー5人中4人が関東に集まり活動を再開。再開当時はそれぞれが仕事もあり忙しくしていたため、中途半端な音を披露するのが嫌でライブをやらないという条件でしたが、2011年3月11日東北地方太平洋沖地震があり復興ボランティアに参加する事を決めた時にワンマンライブを行う事を決意しました。

仕事や家庭で仲間達が集まる事が少なくなるなか、生きている間に仲間の笑顔を見ていたいと思い、その場がライブであってもいいかなと。皆にゆっくり座って聴いて貰いたかったのですが、想定を越える人数が集まってくれて嬉し反面申し訳なかったですね。嬉しい悲鳴ですが。我武者羅にやっていた若い頃に博多のライブハウスの最低動員記録を持っていた我々だけに、とても不思議な気分になりましたね。

その時に今でも我々がポリシーにしている考え方に至ります。それは「皆が集まるためのBGMで良い」という考え方です。主役は自分達でなく、ライブに集まってくれる仲間達だとこの年齢になって気づいたんです。

――普段はどのような活動をされていますか?

仕事の関係で現在活動中のメンバー全員で音を出せるのは年間10回程度です。たまたまメンバーがIT関係の仕事をしているので、インターネットをフル活用して打合せや曲作りをしています。新しい曲が出来たり、演奏した音源をインターネット上のサイトにアップしています。インターネット上だけで自分達の作品を世界へ発信できる便利な時代になったなと感じますね。なにせ若い頃はポスターを無断で街中に貼って怒られたりしてましたから。

とくにソーシャルメディアからの情報の波及には目を見張るものがあると感じています。ついこの前も海外から我々のライブに参加したいから開催日程を教えてほしいという連絡がありました。

【フェスタ・コンテストへの参加】

2012年、2013年 立石フェスタ(東京)
2013年 イシバシバンドコンテスト Gibson黙って聞け! 親父バンド部門 3位
2014年 金沢バンドフェスタ(横浜) 優勝

最近だと上記のような場に参加しました。

インターネットを通じ色んなライブのへのお誘いを頂きます。若い頃であれば喜んでどこでも参加していたと思いますが、今はその空間や目的が我々が大切にすべき事と合っているかと考えた上で自分達の活躍の場を選ぶようになりました。

例えば2012年にメンバーの一人が東京都葛飾区の立石という街に引っ越したのを機に、この素晴らしい下町を仲間に伝えたいという思いから、地域振興目的のイベント「立石フェスタ」に参加させていただくようになりました。

金沢のバンドフェスタに関してはもともと賞をいただけるとは思ってもみませんでした。フェスタの趣旨と会場に魅力を感じての参加だったので、優勝の発表を聞いた時には驚きましたね。

でもそこで色んな方々と出会い、知らなかった事を沢山学べました。今振り返ってもよい経験であったと感じています。

立石フェスタや金沢バンドフェスタは地元のベテランバンドマンが地域振興の為にバックアップしています。将来はそんな素晴らしいバンドマンになれたらと思っています。

あなたが追いかけている夢について教えてください。

夢は三つあります。一つは熊本に残ったギターリストも参加しフルメンバーで演奏する事。

二つ目は海外での演奏。どうしても仕事や家庭を持ちながら音楽に関わると活動の場が限られますが是非一度海外でありのままの自分達で一度演奏がしてみたいですね。

そして最後に音楽を通じてこれからも素晴らしい方々と出会ってゆくことが私達の夢ですね。

これから同じ夢を目指す人達向けてのメッセージ

開高健さんの「悠々として急げ」という言葉が好きです。

私が大事にしてほしいと思うのは物事の本質を忘れないこと。

時は一刻一刻進むので、過去の変なプライドは全く無意味だと思ってます。

人との出会いを大切にし、人の言葉を素直に耳を傾けながら自分達の可能性を信じて、自分達のペースで夢にチャレンジするのがベストだと思っています。

Born to Run!

最後にメンバーと仲間達、福岡大学フォークソング愛好会、大阪芸術大学の先輩方々、横浜鶴ヶ峰ライブハウスCat'sのアヤさん、音楽活動を見守ってくださった両親には感謝しています。